ことばと出会う音楽会vol.1

日時:2019年5月18日(土)14:30~

場所:日本キリスト教団ロゴス教会

出演:石鍋多加史(歌 語り) 一色典子(ピアノ)

「言葉と出会う音楽会」のタイトルそのまま、演劇と音楽が一体となり、小さな小さな帝国劇場にいるような時間を過ごしました。ミュージカルではなく、美しい日本語で語る音楽です。

 

第1部 大人のための童謡集

明治初期音楽取り調べ係から平成までの童謡の歴史と背景のお話は知らないことばかりで、普段のプログラム構成よりだいぶ長い時間配分、1時間があっという間に過ぎました。以下抜粋です。

「見わたせば」

現在「むすんでひらて」として広まっている文部省唱歌はジャン・ジャック・ルソーの曲に歌詞は古今和歌集第一巻に収められた素性法師の歌をベースにして作られた。その和歌

花ざかりに京をみやりてよめる
みわたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりけ

見わたせば、青やなぎ、
花桜、こきまぜて、
みやこには、道もせに 春の錦をぞ。
佐保姫の、織りなして、
降る雨に、そめにける。

見わたせば、山べには、
尾上にも、ふもとにも、
うすき濃き、もみじ葉の 秋の錦をぞ。
竜田姫、織りかけて、
つゆ霜に、さらしける。

<引用:「小学唱歌集」より『見渡せば』>

むすんでひらいて
手をうって むすんで
またひらいて 手をうって
その手を上に
むすんでひらいて
手をうって むすんでむすんでひらいて
手をうって むすんで
またひらいて 手をうって
その手を下に
むすんでひらいて
手をうって むすんで
歌ってみる。美しいく、雅な世界が広がります。小学唱歌としては高尚過ぎると言われたのはうなずけます。

 

「雪」

雪よおいでよおいでが「雪やこんこ・・」になった。

「たった30秒の中に子供らしい生き生きとした命が飛び跳ねている」という石鍋多加史さんのお話。

「かなりや」

大正7年、この曲で初めて童謡という言葉が使われた。西条八十自身をかなりやに投影したか、というお話を聞き、残酷とも思える歌詞に別の色合いを見つけ、寄り添いたくなりました。

「砂山」

中山晋平と山田耕筰の作曲した砂山、岩河智子編曲の砂山3曲の聴き比べ。

「新潟県寄居浜海岸の砂丘の姿を北原白秋が詩にし、中山晋平の砂山は舟歌、中山晋平のそれは歌曲」舟歌と歌曲!言われて初めて気づきました。

「里の秋」

牧歌的な気分で歌っていたこの歌は千葉で小学校の先生をしていた斎藤信夫さんが制約が多い戦時中、戦地への慰問文の形式をとって作られたと知りました。郷愁、日本の原風景そんな言葉が浮かびます。

老人大学で100曲の童謡の中から好きな動揺を選んでもらうアンケートを取ったところ、第1位は里の秋だったそうです。第2位がふるさと。

「七夕さま」

「目の前の笹飾り、見上げる星空。天と地を歌う壮大な歌」このお話に感動しました。今年の七夕にはこのイメージで歌ってみようと思いました。

「まりと殿様」

白いまりが黄色ではなく、赤いミカンになってしまう。軽やかに進んでいくこの歌のシュールさに気づきました。

石鍋多加史さんの歌い、振る舞いは耳を、目を、気持ちを楽しませます。

 

「四丁目の犬」

一瞬、石鍋多加史さんに淡谷紀子さんが乗り移り、「あたしこの歌大好き」の声が聴こえました。かつてそうおっしゃったそうです。石鍋多加史さんの芸達者さに笑いが起こりました。

 

【お客様の感想抜粋】

・聴きなれた童謡、よく歌っていた童謡の時代背景、歴史を改めて知りました

・日本の文化財産と思いました

・日本語が伝わる、わかる。歌のよさをじっくり味わうことができてうれしく思いました

・童謡の奥深さを理解でき、一層の親しみを持てるようになりました

 

第2部 童話を語る

「ベロ出しチョンマ」について 石鍋多加史

貧しい農民一家が権力に物申し死に追いやられる、という千葉の民話に基づいた斉藤隆介の童話に三木稔が原文そのままに曲をつけた。それがこの作品である。初演は二十弦箏で行われたが、語りと一体となった曲は素晴らしく、ピアノでも充分にその浄瑠璃的情感を発揮できるようになっている。
常に妹に寄り添う優しい兄長松と、その兄に全幅の信頼を寄せる妹ウメとのあどけない会話から物語は始まり、悲惨なクライマックスへと導かれる。主人公は長松一家四人だが、直訴の相談をする大人たち、理不尽に処刑される一家を刑場の竹矢来の外で見守る大勢の村人たち等、登場人物すべてにそれぞれの深い思いがある。
人は誰しも、ふと自分の日常を多少の迷いを込めて振り返る時がある。人として大切なものは何か。「思いやり」「優しさ」「愛」そして「信念」「正義」。それらは当たり前に美しい言葉であるだけに、安易に流布し、たとえ100 回唱えようともそれだけでは実態のない空虚なものでしかない。しかし、ベロを出したまま槍で突かれた長松、そしてそれを見て泣き笑う村人たちの姿を思い浮かべた時、私たちは無条件に人としての価値を学ぶのである。
役人がいくらこわしても、いつかまた建つ四人を弔うための社。物語終盤で語られるこの部分に、悲劇の中の一筋の光があり、どんな時代であっても決して忘れてはならない希望を見出すことができる。

【お客様の感想抜粋】

・1回目よかったです。2回目ああいいなあと思い、3回目なんと素晴らしいお話かと感動しきりでした

・何度も読んだ作品でした。自分なりに朗読していましたが、歌と語り、ピアノ圧巻でした

・あのひょうきんなベロ出しチョンマにこんなエピソードが隠されていたとは。感動しました

・辛いお話に泣けました

・三木節、素晴らしかったです

 

 

アンコール

「あわて床屋」

プログラムから外れて残念がっていた方もいらっしゃったこの曲がアンコールに登場。見ごたえ、聴きごたえたっぷりでした

「小さな空」

子どものころの出来事を思い出さずにはいられません。思わず空を見上げたくなります。