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スペインの叙情 エンリケ・グラナドス

スペインの叙情 エンリケ・グラナドス

天才ピアニスト・スペイン歌曲の最高峰作曲家と称されたエンリケ・グラナドスの歌曲、そしてピアノ組曲からの抜粋を聴くコンサート。

エンリケ・グラナドスは画家ゴヤと同時代に生き、ゴヤの描くマハ(粋な女)とマホ(伊達男)の世界に魅了され、ピアノ演奏で、歌曲で恋、陶酔、はかなさ、切なさを綴り続けたスペイン国民楽派の旗手!このような予備知識だった私は個人的にも強い思い入れのあるスペインの楽曲を楽しむつもりで会場で席に着きました。

聴いてはっとしました。スペインの楽曲ではあるけれど、「小唄」「端唄」はたまた日々の暮らしに潜んでいる「つぶやき」、そんな日本の『粋』な世界とつながる風景だと。遠い国の100年も前のセピア色の音楽ではなく、今も艶ある華を日本人の心にも咲かせる楽曲と思いました。

もう一つ、グラナドスの生地、カタルーニャ語の歌曲は『かほり』という言葉が似合うものでした。初めて聴くカタルーニャ語の響きはフランス語に近く、歌詞字幕が設置されていたおかげで歌詞も理解できました。読んでみると、高貴(上品)な『かほり』が詞になっていると思いました。スペイン語で歌われるマハ、マホは庶民の気持ちを、カタルーニャ語は貴族の気持ち、または夢を追うドン・キホーテのような郷士の気持ちを歌っているように思えました。

ピアノ組曲「ゴイェスカス」より『嘆き、またはマハと夜のうぐいす』、お門違いとは思いつつ、まず浮かんだのは『即興』という言葉でした。複雑に揺れ動くリズムがこの言葉を呼び起こしたのかもしれません。聴くうちにプログラム表紙に書かれている“スペインの叙情”とはこのことかと思いました。複雑に揺れ動いて、物憂げな様子が美しいメロディーにのせて描かれれていました。身をゆだねる心地よさに浸りました。

当日は音楽評論家、スペイン文化研究家の濱田滋郎先生がグラナドスについてのお話しをしてくださいました。グラドナスへ寄せる思いのほんの一端しか聞くことはできませんでしたが、優しい語り口は父上、童話作家濱田広介氏の作品を思わせました。グラナドスが戦争の犠牲となって49歳という若さでこの世を去った無念を話された時の静かな語り口が印象的でした。父上の著作「泣いた赤鬼」「竜の目の涙」「椋鳥の夢」などの世界にもつながるコンサートだったかと、極々個人的にひっそりと思ってみました。

 

 

 

(注:写真はちらし、プログラムより)

ハープリサイタル

ハープリサイタル

バレエ初体験に続いてハープ・リサイタル初体験。読売大手町ホールで行われたグザヴィエ・ドゥ・メストレ氏のハープリサイタル。

通常の管弦楽では客席からはその美しいフォルムの一部を眺めるのみでしたが、舞台の上にグランドハープのみが配置されている、これは刺激的でした。美しい胴の曲線、張られた弦を眺めるただけで、これから始まる演奏を勝手に思い描くのも刺激的な時間でした。

 

 

 

プログラム

マティオ・アルベニス(S.ミルドニアン編):ピアノソナタニ短調

グリーディ:古いソルチコ

イサーク・アルベニス:スペイン舞曲よりアストゥリアス

ハチャトゥリアン:2つの小品より第1曲「東洋的な踊り」第2曲「トッカータ」

タレガ(X・ドゥ・メストレ編):アルハンブラの思い出

デ・ファリャ(M.グランジャニー編):歌劇「はかなき人生」よりスペイン舞曲

(休憩)

フォーレ:ハープのための即興曲変ニ長調Op.86

ドビュッシー(H.ルニエ編):2つのアラベスク

ドビュッシー:「ベルガマスク組曲」より月の光

スメタナ(H.トゥルネチェック編):『我が祖国』より「モルダウ」

プログラム始めの4曲は初めて聴くものでした。グランドハープといえばヨーロッパの貴婦人をイメージしていましたが、それのみではなく、「土着」「民族」「東洋」「激しさ」このような側面もあると知りました。「トッカータ」はハープの胴をたたきながら奏でられ、そのエキゾティックな音色に私が持っているグランドハープに対する狭い、狭い認識の壁が綺麗に取り払われました。

ギターといえばこの曲かと思う「アルハンブラの思い出」は想像を超えた多彩な音色とその音色の奥行き、広がりの美しさに圧倒されました。ピアニッシモのトレモロは心がとろけました。

ピアニスト、パーヴェル・ネルセシアンの「月の光」は忘れることのできない演奏です。ハープの描く「月の光」で表される水面の輝きはどんなかと期待しました。とても美しい和音が印象的で、柔らかな響きが静かな風景を描き出し、ピアノ演奏とは別の世界を見ることができました。ただ、個人的にはネルセシアンの印象が強烈過ぎて、うまく切り分けができませんでした。こんな経験ができたこともよかったと感じました。

アンコールとは思えないアンコール曲に感動しました。「ベニスの謝肉祭」です。ハープとフルート両方のパートを合わせて演奏しました。あまりに聴きごたえのあるアンコール曲からもメストレ氏の楽器、グランドハープに対する姿勢がひしひしと伝わってきました。

グランドハープは弦の材料が音域によって金属製、ナイロン製と使い分けられているとのこと。音の柔らかさはここにあるのか、そしてギターと同じように指で弾くので、奏者の感情がダイレクトに表されることも聴く楽しみの一つかと思いました。

休憩時間にハープを側で見ることができました。弦に色がついており、お洒落だなと思いました。後でネットで調べ、「ド」には赤色、「ファ」には黒色(または青色)の弦が張られていると知りました。お洒落のためじゃないとわかり、知ってみれば当然かと心の中でクスリと笑いました。

ハープ奏者グザヴィエ・ドゥ・メストレ氏は長身でした。当然腕も長く(足の長かった、、、)、才能豊かなことは当然として、その肉体もグランドハープを奏でるべくしてこの世に誕生されたのだと思いました。

バレエ「真夏の夜の夢」

バレエ「真夏の夜の夢」

滅多に応募しない、そして滅多にというよりほとんど当たったことがなかった懸賞募集にたった1枚の葉書を出したところ、バレエ「真夏の夜の夢」のチケットが当たってしまいました。これこそ「初夏の夢」と勇んで会場へ足を運びました。会場は新国立劇場中ホール。席はS席。公演は所沢に本拠地を置くNPO法人NBAバレエカンパニー。

バレエ公演に足を運ぶのは初めてでした。何もかもが素晴らしく、この楽しさを今まで知らなかったとはなんということだったのだろうと自分に問いかけたほどでした。

バレエは踊る技術に勝るとも劣らない重要な要素はマイムなんだと思いました。舞台の一人一人がマイムで語りかけているのでどこか一点を集中して見ることができず、目が上下左右に引っ張られるようで、そのことにも楽しく興奮しました。バレエを楽しむことに慣れていけば余裕も出るのかと思いつつ、身を乗り出しっぱなしで舞台を見つめました。とにもかくにも楽しかった。

 

 

 

妖精パックの表現力と技術と体力に驚かされ、魅了されました。宙づりだったかと思えば次の瞬間には舞台上にいる、いたずら好きな様子が美しいコミカルな動きで表現され、またちょっとした仕草におっちょこちょいぶり、そしてやさしさが感じられ、心の中で感嘆の声が響きっぱなしでした。

 

 

 

 

ロバにされたボトムは大きなロバの頭を被った状態で軽やかな踊りをくり広げる姿は美しく、可笑しく、これまた感嘆しました。ロバから人間に戻った時の戸惑いと喜びの表情が離れた客席からもはっきりとわかりました。

子ども達が演じる妖精が物語を語る重要な役割を果たしていると感じました。その踊りは子どもといえども、プロ意識に満たされており、かわいらしい軽やかな踊りで語る姿に魅了されました。妖精王夫妻の養子「とりかえ子」もその役どころを表現する仕草、踊りは秀逸でした。大人、子どもという区別は間違いかなと思ったほどでした。

 

 

 

最後に主役二人、ティターニア(妖精の王女)とオベロン(妖精の王)のパドドゥは繊細大胆、、、、なんと言えばよいのか初心者には表現が出来ませんが、とにかく圧倒される美しさがありました。

どの瞬間も特筆に値するバレエも、さあこれでオシマイ!と思ったところに天井から金の雪が降り注ぎ、またまた興奮のるつぼに引き戻されました。演出にも心を鷲づかみにされました。鷲づかみと言えば舞台前方に降りてきた森のシルクスクリーンも特筆に値しました。スクリーンの向こう側で踊る妖精の子ども達がまるで下草の上で、つまりシルクスクリーンの中で踊っているように見える装置となっていました。

次はチケットを購入してバレーを見に行きます。さて、何に行こうか。まずはチケットをプレゼントしていただいたNPO法人NBAバレエ団かな。

(注)使用した写真はプログラムより抜粋したものです。

 

 

あなたに聴いてほしい アイリッシュハープの調べ

あなたに聴いてほしい アイリッシュハープの調べ

芭蕉の句「さみだれをあつめてすずしもがみがわ」-「五月雨をあつめて早し最上川」とは違い、全てひらがなで表されています-という趣を感じる五月雨ではありませんでしたが、肌寒い雨が夕方まで続いた13日(土)、ヴィ・マエストロで高尾倶楽部「あなたに聴いてほしい アイリッシュハープの調べ」を開催しました。

生活と共にある、語り継がれてきた音楽を奏でるとおっしゃるアイリッシュハープ奏者梶伸子さん3回目の登場です。悲しみに涙する時、喜びに元気をみなぎらせる時、静かに眠りにつく時、アイリッシュハープの音色がそれぞれに寄り添う様を紹介する梶伸子さんのお話しにまず気持ちが惹かれました。

こんなお話しもありました。

小さなお子様が嬉しい時、悲しい時、眠くなった時、どのような時でも童謡「ぞうさん」をねだり、お母さんはその時の状況に合ったテンポで歌ってあげるそうです。そうするとその子の気持ちとお母さんの歌声が交叉して、よい空気に包まれる。

暮らしの中で流れる音楽は自由であってよいし、ひとりひとりが紡ぎ出すものということでしょう。

 

アイルランドの国民的作曲家、最後の吟遊詩人と称せられるキャロラン作曲の『ブライアン・ボルー・マーチ』-マーチというよりは民族ダンスをしながら進む、そんなイメージの曲-、キャロランがアイリッシュハープ奏者から作曲家へと転向するきっかけとなった曲『シーベグ・シーモア』の2曲が最初に演奏されました。曲から伝わる《やさしさ》や《哀愁》は日本人の《情》に通じるものがありました。ケルト音楽、またはスコットランド民謡が日本人にも深く愛される理由はここにあるのではないでしょうか。

キャロランは、主にパトロン(貴族など)の求めに応じて曲を作る、パトロンの記念日、例えば結婚式などで作曲して贈る、あるいは友人のために作り、曲名にその人の名前がつけられていることが多いそうです。他の方に向けられて作られたとはいえ、そのメロディは私達の心の琴線に触れる思がしました。お客様の背中が物語っていました。

コンサートの始めに気持ちが向いたら一緒に歌ってください、と案内はいたしましたが、やはり声を出すのはハードルが高いのかなかなかスムーズには運びませんでした。しかし、徐々に気持ちもほぐれ、小さな声、ちょっと響く声、いろいろな声が聴かれ始め、ヴィ・マエストロの店内は淡く色づきました。沖縄の音階とアイリッシュハープの音色がとてもよく合い、参加者の歌心をかき立てたのかもしれません。

食事タイム

いつも美味しい料理を作ってくださるソムリエ原岡孝治さんに今回、初めてプレートの料理を紹介していただきました。いつも忙しく動き回っている原岡さんに始めて客席に登場いただきました。

ヴィ・マエストロの壁面

5月11日から6月6日までは『顔万街』と題してニット作家 せきともこさんの作品が飾られています。芸術家の顔、有名な彫刻・絵画がニットで表現されています。写真の水玉模様の洋服を着た草間彌生さん、ダリ、ゲルニカとピカソ、などなど大変興味深い展示です。コーヒー、ワイン片手に壁面の彼らと会話してみてはいかがでしょうか。

桂右團治落語会@ヴィ・マエストロ

桂右團治落語会@ヴィ・マエストロ

会場となるヴィ・マエストロの窓外は桜満開、朝からの花時雨もあがった土曜の夜、『マエストロDE落語第五回 桂右團治の会』を開催しました。落語は好きでも、その世界のことには疎く、会の度に勉強を重ねようと昨年3月19日に始めた会は今回で2年に入りりました。

 

 

 

 

落語を聴く個々人の楽しみにひと味加えたいという提案に師匠が応えてくださり、落語を聴く前に全員で「あっはっは体操」を行っています。お腹の底から大きな声を出すと初めて参加された方のちょっと緊張した気分を和らげます。常連さんは今日はもっとよい声を出そうともしかしたら密かに競っているかもしれません。

 

終演後の食事歓談の中で「今日は桂右團治師匠の落語を聞きに来たが、ここ出会った人との縁を大切にしたい」とおっしゃる方が何人かいらっしゃいました。“大人の遊び場交叉点”を目論む主催者としては嬉しいことばでした。

【今回の演目】

熊の皮

ある時女房に「おい」と呼ばれて「はい」と返事をしてしまったことが家庭内における上下関係逆転のきっかけだったと振り返る正直者だが、行儀作法はとんと疎い八百屋の甚兵衛さんと女房のやりとりは日常生活の鬱憤をあっはっはとはき出せます。お赤飯のお礼口上を教えられ、その口上を医者の前で四苦八苦で語る姿はまさしく落語の世界です。その甚兵衛さんが医者を前に「あんたを好きじゃない」と二、三度言い放つ場面があります。落語を聴いていると、使われる言葉の潔さや、やさしさに触れて、笑いと同時に気持ちが洗われます。そして、普段なかなか口にはできない言葉を甚兵衛さんのようにすぱっと言い切る場面に出会うと、自分が言い放ったような気になり、爽快な気分に満たされます。

抜け雀

小田原宿で夫婦だけで切り盛りしている小さな旅籠が舞台。どの宿も客引きしないぼろぼろの風体の男を「百両ほども内金を入れようか」と言う言葉に欣喜雀躍した亭主がこの男を客として引っ張り込むところから始まるこの落語は『熊の皮』とは違い、大笑いする噺ではない。亭主と客、女将と亭主のやりとりにくすりと笑ってしまう、お殿様が雀が描かれた衝立に提示した千両、籠が書き加えられた衝立に二千両という金額。一両が今の10万円と知って何となく笑みが浮かぶ、そんな噺。

ぼろぼろの風体の泊まり客の描写、気が良く、貧乏くじを引きがちでおっちょこちょいではあるが、墨をすりながら「ああいい匂い」という辺りに芸術になにがしかの思いがありそうな雰囲気を漂わす宿屋の亭主の描写など落語家の語りを楽しむ噺と思いました。親子の不器用だがまっすぐな情愛、師弟としての有り様が爽やかな空気を漂わせて噺が閉じられました。

【鉛筆画】

ヴィ・マエストロの壁には季節に合わせ、主にマスターの奥さま中神ふさ子さんの作品が掛けられています。現在は田村順正(たむらよしまさ)さんが描かれた多摩御陵、浅川周辺の風景画が掛けられています。4H鉛筆のみで描かれた細密画です。ヴィ・マエストロの薫り高いコーヒー、厳選されたワインなどを楽しみながら壁一面に清楚に並ぶこの鉛筆画を鑑賞されてはいかがでしょうか。5月6日まで鑑賞することができます。

 

 

4月1日コンサート

4月1日コンサート

春だというのに気温は真冬、これこそエイプリルフール?と思う4月1日に開かれたそのタイトルも「4月1日コンサート」(於:代官山教会)。河口三千代さん(ソプラノ)の企画で、音楽と語り、落語のコラボでした。ちらし、チケットの製作、プログラムデザイン、そして当日スタッフとして参加しました。当日は急遽補助椅子を出す算段をしなければならないほどの盛況となりました。

出演者

河口三千代(ソプラノ)

武井直美(ソプラノ)

佐藤由里亜(ピアノ)

渡辺美佳(ピアノ)

桂右團治(落語・語り)

 

 

 

 

ウッドブロック、タンバリン、住職から借りてきたという鈴(りん)、他のパーカッションも登場し、聴く楽しみに見る楽しみも加わりました。にわとりの叫びは会場を湧かせました。聴く楽しみという点では、あまり聴く機会のないピアノ連弾(森の熊さん 他)、中田喜直氏、別宮貞雄氏、それぞれの作曲による日本歌曲『さくら横丁』を武井直美さん、河口三千代さんが歌い分けました。同じ歌詞でも作曲者により印象が違うこと、ソプラノとひとくちに言っても、音色は様々であること、などなどが伝わったのではないかと思います。そしてもう一つ、演奏の導入として所々で挿入された桂右團治師匠の語りも出色でした。落語家の語りはいわゆる『語り』とは別の世界が広がると思いました。

見る楽しみも小道具だけではありませんでした。音楽家達のパフォーマンスはもちろんですが、桂右團治師匠の初ドレス姿、落語とは趣を異にするパフォーマンスや小道具を使って演奏を盛り上げる姿はここだけの楽しみでした。

遠くは金沢、福岡からこの日のために足を運んでいただいたお客様、4歳の男の子は初体験の落語「長屋の花見」に聴き入り、落語をまた聴きたいと帰りがけに師匠に話しておりました。落語を生で初めて聴いて感激したという音楽ファンのお客様、音楽と落語家のコラボに新しい発見をしたという桂右團治師匠のファンの方々、それぞれに新しい楽しみを発見されたようでした。

4月1日に開催することにこだわり、プログラム構成は言うまでもなく、どのように楽しんでもらうか、楽曲の魅力をどのように表現するのか、お客様にどのような世界を楽しんでいただくのか、音楽家と落語家が練りに練ったコンサートでした。

 

 

都響スペシャル「シェイクスピア賛」

都響スペシャル「シェイクスピア賛」

下記コンサートちらしの書きだしを読んだら足を運ばずにはいられません。

『ウィリアム・シェイクスピアの戯曲は、後世の作曲家たちの創作の源となりました。それゆえ、文学と音楽の関係に造詣が深い大野にとっても、とりわけなじみの深い劇作家。大野自らが選曲したこのコンサートは、2016年に没後400年を迎えたシェイクスピアへのオマージュであり、オーケストラで聴くドラマという趣向です』

もう一つ、足を運ばずにはいられない理由はプログラムに『ハムレット』より「私も仲間に入れてください」(オフィーリア狂乱の場)があったことです。夢空間La Musicaへの出演も複数回お願いしている盛田麻央さんが2013年8月にオフィーリアを務めた《ハムレット》を見ています。オフィーリアの美しさ、危うさ、深い悲しみが切なく伝わってくる素晴らしい舞台でした。評価も高いものだったと記憶しております。今回初めて海外のソリストの演唱を聴く機会となるので多いに興味を持ちました。

プログラム

チャイコフスキー:交響的幻想曲《テンペスト》op.18

トマ:『ハムレット』より「私も仲間に入れてください」(オフィーリア狂乱の場)

プロコフィエフ:バレエ組曲《ロミオとジュリエット》より

あらすじを簡略、明快に解説した資料を読んでから聴いた《テンペスト》には荒れる海の鈍色、愛を感じるパステル色と原色、許しの暖色などさまざまな表情と色合いが旋律となっていました。引き込まれる演奏でした。中でも音で語る弦楽器に引き込まれました。大集団なのに一糸乱れぬ演奏に聴き惚れました。

『ハムレット』より「私も仲間に入れてください」を演唱されたアマンダ・ウッドベリーさんには言葉が見つからないほど感動しました。生きている感動と言っても大げさではない高揚感を手にしました。ハイe(2オクターブ上のミ)を力強く、ストレスなしに歌う姿に鳥肌が立ちました。技術的なことはもちろんですが、オフィーリアの心の揺らめく姿、悲しみがまっすぐ伝わってきました。会場を埋めた聴衆全てが同じ思いだったようで、拍手が鳴り止まず、最後のフレーズを再度披露してくださいました。資料によると2013年にデビューしたばかりとのことです。これからの活躍が楽しみな方です。

バレエ組曲《ロミオとジュリエット》は言わずと知れたお話しです。聴いていると、厳しい縛りの世界 -狭い世界― に生まれた愛のお話しですが、壮大な人間物語と感じました。文学と音楽の関係の一端に触れたように思いました。

つい先日、ある会合でこんな発言を聞きました。「戦争になったら最初に切られてしまうのが音楽だろう。とかつては言い合っていたが、そんなことはない、音楽が必要なんだと改めて思うようになった」 個人的には音楽は欠かせないものと確信してはいますが、都響のこの公演を聴いて、更にその信念に太鼓判を押しました。生きている感動を得ました。

 

オペラ『コシ ファン トゥッテ』

今年に入って2つめのオペラ鑑賞はモーツァルトの喜劇『コシ ファン トゥッテ(女はみなこうしたもの)』でした。1回目は新国立劇場で行われた『オテロ』でした。こちらはアルフォーコこの一員として夢空間La Musicaでも出演を重ねていただいているテノール、澤崎一了さん、今回は同じアルフォーコメンバーの高柳圭さん出演が出演されました。

【登場人物配役】*コメントは当日プログラムより一部引用

フィオルディリージ:砂田愛梨  フェラーラ出身の貴族姉妹

ドラベッラ:金子紗弓

デスピーナ(姉妹の女中、名前の由来は鋭くない棘):横山和美

フェランド(まじめな性格の士官、ドラベッラの恋人):高柳圭

グリエモ(情熱的な性格の士官、フィオルディリージの恋人):岩美陽大

ドン・アルフォンソ(老哲学者、士官2人の友人):立花敏弘

出演者一人一人の才能に魅せられました。アリア、重唱、聴き入りました。コミカルな演技に笑わされました。夢空間La Musicaで彼らとともに舞台を作ってみたいという見果てぬ夢まで見させていただきました。

 

 

【あらすじ】

若い士官二人が「自分の恋人が裏切ることは決してない」と主張するのに対し、「女はみな移り気なもんだ。君たちの恋人だって変わりはない」と揶揄する哲学者との言い争いがお話しの始まり。それぞれの恋人の純愛を試す賭けをすることになり、すったもんだの末、元の鞘に収まり、めでたしめでたし。

〈お互いの恋人が変装して入れ替わっていることに気づかない〉という設定は落語を思わせるお話しで、不倫というやっかいな事柄を題材にしているにもかかわらず、『粋』を感じてしまいました。

 

老哲学者以外は若い音楽家達で構成された舞台は楽団に至まで、この舞台のためだけに集まったとは思えない一体感を醸し出しており、何とも心地よい舞台でした。老哲学者ドン・アルフォンソを演じた立花敏弘氏の存在が多いに貢献しているのかと推察しました。舞台を心から楽しむ客席で度々湧き上がる笑い声も心地よいものでした。

キーボードが奏でるチェンバロの音色も貴族姉妹の心をなぞるようで、ゆかしく、危なっかしい雰囲気がよく表されて、時代背景を思わせるものでした。このオペラは二重唱から六重唱まで様々なアンサンブルで演唱される箇所が多く、そのハーモニーがどれも素晴らしく、重唱にゆったり身を任せる快感はなんとも表現の言葉が見つかりません。また高度な技量が必要と思わせるアリアにはソリスト各人の秘めた力を感じ取りました。彼らの今後の活躍を見守りたいと強く思いました。

シンプルな舞台装置と同じ舞台上で演奏する楽団という設定は、モーツァルトの時代に宮廷で披露されていた形式がそのまま移動してきたかと思う空間でした。このチームでまたオペラ公演を是非企画して欲しいです。

ジャズライブ@ヴィ・マエストロ

ジャズライブ@ヴィ・マエストロ

大人の遊び場『高尾倶楽部』ジャズライブ、出演は華岡将生さん(フルート)&尾崎琢也さん(キーボード)でした。奏者が楽しむ、お客様が楽しむ、この二つが絡まり合うなんとも気持ちのよい時間が流れました。

ジャズ奏法を駆使しながらも、その音、メロディ、リズム、その他全てがこのデュオでしか聴くことのできない、ジャズというくくりではカバーできない音楽世界を体感できる2時間でした。

ジャズのスタンダードナンバー、そしてアット驚く選曲の数々、音楽のジャンルにこだわらない華岡さん、尾崎さんのしなやかな感性が人々を酔わせました。

ヴィ・マエストロの大きなガラス窓の向こうから満月の光を浴びながらのアンコール曲は『見上げてごらん夜の星を』でした。

次回のこの企画は夏の終わりを考えております。

 

 

 

 

 

 

 

ジャズを楽しんだあと、もう一つのお楽しみはヴィ・マエストロのソムリエ、原岡さんが作る『軽食プレート』です。味わい豊かで、軽食を通り越したボリュウムに舌もお腹も満足するプレートです。(写真は小さめのお皿、スタッフ用)

今回のメニュー

酒粕マリネチキンのオーブン焼き

タコ、海老マリネジャガイモ添え

ブロッコリーとインゲンのサラダ

サンドウィッチ(ミニハンバーグ・ピクルス入り卵サラダ)

 

マエストロDE落語「桂右團治落語会」第四回

マエストロDE落語「桂右團治落語会」第四回

高尾倶楽部『マエストロDE落語 桂右團治落語会第4回』を開催しました。演目は「時そば」「二番煎じ」の二席でした。師匠

“まくら”に江戸の時刻の数え方が語られ、知っているようで細かくは知らなかった〈丑三つ〉の解説に納得したり、〈四つ〉の次がなぜ〈九つ〉かは謎だと知り、これから噺の展開はいかに、と前のめりになるところでおもむろに蕎麦屋が登場し、[時そば]が語られ始める。多くの方が知っている噺「時そば」も“まくら”の組み立てによって〈落ち〉の味わい方は千差万別。

全体経営者と従業員の話が〈まくら〉となった「二番煎じ」は最近取り上げられることが多い労働時間に関する報道などをつい思い浮かべてしまう。そうこうしているうちに、骨の髄まで凍える真冬の夜回りの噺に。夜回り中の旦那衆の横着ぶりに笑い、謡い 新内、端唄のようなかけ声の「火の用心」を披露する右團治師匠の透き通る声、うなる声に聞き惚れる快感。冷え切った身体を温める〈煎じ薬!〉と〈しし鍋〉を味わう場面は思わず箸を出したくなる描写、廻り方同心と言葉のキャッチボールも軽妙。「泣くこと地頭には勝てない」がここでも明らかになった。

始めて出会った人との会話も楽しい食事タイム。ヴィ・マエストロのソムリエ原岡さんの手による軽食は多彩な食材が構成する料理。粋な盛りつけも後押しする味わい深い一皿。毎回ちょっとしたサプライズがあり、今回は肉団子。レバーが入っている?使用された肉は?と頭をひねることに。レバーではなく酒粕、使用された肉は豚肉、牛肉、羊肉。レバーとしか思えなかった酒粕、新しい使い方を知ることができました。

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