マエストロDE落語「桂右團治落語会」第十一回

日時:2019年1月12日(土)18:00開演

場所:ヴィ・マエストロ

出演:桂右團治

寒い、寒い、氷雨が降り出した中、早々にお越しいただいたお客様同士の「おめでとうございます」の明るい声も響き合い、ヴィ・マエストロ店内は空調に人の温かさも足され、開演前からほのぼのとした 空気に包まれました。

マエストロDE落語でしか行われない全員参加健康増進イベントが桂右團治師匠のご指導の下で折々に行われます。今回は健康と誤嚥性肺炎予防効果が期待できる、のどの筋肉を鍛える3種類を体験しました。鏡の前で自分の姿を眺めながら行えば、笑ってしまうこと必至。笑ってかつのどの筋肉鍛えることができる一石二鳥の知恵でした。

 

 

 

演芸場のお正月風景話から芝居小屋のお話になった時、師匠の問いかけに客席から昭和30年頃まで千人町には芝居小屋があった、中町にもあったという声が上がりました。時の流れを感じた瞬間でした。

“お膝送り”という言葉を初めて聞きました。芝居小屋などで後からの人を入れるために座っている人につめてもらうときのあいさつで、「恐れ入ります、お膝送りを願います」というように使うそうです。電車内でこの言い方をすると和やかで気分もよくなりそうです。

もう一つ畳敷きの芝居小屋では木戸銭を払ったお客は小さな座布団(=半じょう)を渡されるが、無銭で入り込んだ人(伝法と呼ばれる)にはそれがない。「お膝送り」しても間に合わないほど混雑している時は芝居小屋の人間がただ見客(=伝法)を追い出すべく、”半じょう改め”を行うというお話し、

もう一つ、落語にはオチがあって終わるが、オチがない講談はどうやって終わるか?と言うと、いいところまで読んで、「この続きはまた明日」と逃げる、この3つで感心したり、笑ったりしたマクラから始まったのが

落語一席目「芝居のけんか」

幡随院長兵衛と旗本奴の水野十郎左衛門の喧嘩を元にした噺です。芝居小屋の人間が幡随院長兵衛の子分、雷重五郎を間違って伝法と決めつけてしまい大変なことに。ここに水野十郎左衛門の仲間白鞘組が関わってきて、てんやわんや活劇よろしく、もう大喧嘩に発展して、、、大変なことになってきた。。。これからが面白いところですが、この続きはまた明日!

噺の語り口も終わり方も講談そっくりでした。師匠の噺のリズムに乗って、それからどうした、それからどうした、と膝を進める気分でいたところ、急ブレーキがかかりました。落語を聞いて、急ブレーキを体験したのは初めてで、一瞬ぽかんとしてから笑いがこみあげてきました。

 

 

ヴィ・マエストロのマスター遠藤さんの趣味の一つが陶芸です。店で提供されるカフェオレの器など直接作品に触れることもできます。そんな遠藤さんに師匠が陶芸作品の目利きについて問いかけたところから二席目のマクラが始まりました。量産品の茶碗は1個15円でできるといった情報が客席から寄せられました。そして、来歴がきちんとしている、箱書きがあるなど値に大きく影響する条件についても話が出ました。これから語られようとしている「はてなの茶碗」にピタリな話が飛び出した次第です。

落語二席目「はてなの茶碗」

清水寺の音羽の滝の前の茶店で出される茶碗、何でもない量産品だが、ちょっとした勘違いからあれよあれよという間に値が吊り上がっていく様には人間社会の可笑しさがぎゅっと詰まっています。それにしても千両とは。

分不相応な買い物をする時、思い切った決断をする時、「清水の舞台から飛び降りる」と言います。落語「はてなの茶碗」を聞いていてこの言葉が思い浮かびました。まさか本当に飛び降りる人はいないだろうと思っていたら、日経電子版に次の記事を見つけました。

「江戸時代、ここから234人が飛び降りました」。清水寺の学芸員、坂井輝久さんが淡々と話す内容に思わずハッとした。(中略)江戸時代の1694年から1864年のうち、欠落部を除く148年分の記録が残る。成就院は境内の事故を町奉行に報告する義務も負い、飛び降りた人の年齢や性別、居住地、動機などを詳細に調査、記録した。
それによると、全体での死亡者は34人で生存率は約85%。

重要なのが飛び降りの動機。「観音様に命を預けて飛び降りれば、命は助かり願いがかなうという民間信仰からです」と坂井さん。「成就院日記」にも、動機として「自分の病気の治癒」「母の眼病」「暇がほしい」などと記されている。決して自殺願望からではなく、あつい信仰心からだったのだ。(中略)飛び降りの風習は1872年(明治5年)に京都府が禁止令を出し、次第に沈静化。(後略)

 

新春のプレート

落語会後はヴィ・マエストロ遠藤夫妻のおもてなしプレートを楽しみながら、偶々隣り合った方、同じテーブルの方とで話に花が咲きます。師匠もその輪に入ってお客様の感想などに耳を傾けられます。

今回は話しをしてみたら高校時代の同窓生と判明し、当時の話に花をさかせた方もいらっしゃいました。