作曲:千住明
台本:黛まどか
指揮:大伴直人
額田王:盛田麻央(ソプラノ)
鏡王女:金子美香(メゾソプラノ)
中大兄皇子/天智天皇:又吉秀樹(テノール)
大海人皇子/天武天皇:原田圭(バリトン)
管弦楽:東京交響楽団
合唱:八王子クリンゲンコア
茜さす 紫野(むらさきの)行き 標野(しめの)行き 野守(のもり)は見ずやな 君が袖振る
学校の古文でも習う額田王の和歌です。「あかねさす」は紫にかかる枕詞、品詞分解して〇段活用とか連用形とか未然形とか、今ではすっかり忘れてしまった文法を言葉のみですが懐かしく思い出しました。当時は文法と和歌を丸暗記することが精一杯で、古文は理解でず、今思えば空しい時間を過ごしていたものです。
「672年」という年号、大海人皇子と大伴皇子の跡目争いのみを暗記していた壬申の乱に人間の機微があるということにも思いは至っていませんでした。今回、オペラ「万葉集」に出会い、学生だった時、勉強を試験のためにしていた自分の残念な姿が浮かび上がりました。
『オペラ「万葉集」明日香風編』(演奏会形式)は歌と合唱、管弦楽で万葉集に収められた雅な情景、人間の心模様が描き出しました。作曲者千住明氏が「短編映画を見るように楽しめる作品」と言われることにも深く納得しました。文法としての古文ではなく、揺れ動く気持ちを歌に託す額田王、鏡王女など、飛鳥時代に生きた生身の人間に思いをはせる機会となりました。
秀逸なソリストの歌、それに呼応して現代語で和歌の内容を歌う合唱の組み合わせはとてもがわかりやすく、余分なエネルギーを使うことなく演唱そのものを楽しむことができました。管弦楽は中でもハープに惹かれました。ハープが全編にわたって万葉の風を思わせるメロディーを奏でました。壬申の乱の結末を受けて額田王と鏡王女がやり取りする場面では両者の心臓の鼓動を思わせる爪弾きに胸を締め付けられました。オーケストラが管弦楽器のみで見た目にもこじんまりとしており、絵巻物語そのものでした。
隣の席はハープ奏者だった
一部はチャイコフスキー作曲「弦楽セレナード ハ長調 作品48」でした。
隣の席の女性が他の観客とは全く違う空気をまとっている、その空気は美しい緊張感を内包していました。そのおかげで開演前からいつにも増してうきうき気分になりました。演奏中はその女性から美しい音楽愛が漂ってきました。愛の歌、セレナードを聴くのにふさわしい心地よい空気に包まれ、二部の万葉集への期待がますます高まりました。
ところが、その女性が一部が終了し、休憩時間になったとたん、荷物全てをもって席を立ってしまわれました。なぜ???と残念な気持ちてんこ盛りになってしまいました。驚いたことに、その女性がなんと休憩時間の舞台に現れました。そして、ハープの後ろに座り、音を確認し始めました。隣の席に座っていらっしゃった女性はオペラ万葉集に出演する東京交響楽団のハープ奏者だったのです。袖すり合う隣に音楽家が座っていたのです。感動してしまいました。
「万葉集」でハープのメロディーに特に耳が傾いたのはこんなことも影響したのかもしれません。生の演奏を聴く楽しみにこんな素敵なおまけがつくとは思いもしない幸運でした。