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オペラ[演奏会形式]万葉集 明日香風編

オペラ[演奏会形式]万葉集 明日香風編

作曲:千住明
台本:黛まどか
指揮:大伴直人
額田王:盛田麻央(ソプラノ)
鏡王女:金子美香(メゾソプラノ)
中大兄皇子/天智天皇:又吉秀樹(テノール)
大海人皇子/天武天皇:原田圭(バリトン)
管弦楽:東京交響楽団
合唱:八王子クリンゲンコア

茜さす 紫野(むらさきの)行き 標野(しめの)行き 野守(のもり)は見ずやな 君が袖振る

学校の古文でも習う額田王の和歌です。「あかねさす」は紫にかかる枕詞、品詞分解して〇段活用とか連用形とか未然形とか、今ではすっかり忘れてしまった文法を言葉のみですが懐かしく思い出しました。当時は文法と和歌を丸暗記することが精一杯で、古文は理解でず、今思えば空しい時間を過ごしていたものです。

「672年」という年号、大海人皇子と大伴皇子の跡目争いのみを暗記していた壬申の乱に人間の機微があるということにも思いは至っていませんでした。今回、オペラ「万葉集」に出会い、学生だった時、勉強を試験のためにしていた自分の残念な姿が浮かび上がりました。

 

『オペラ「万葉集」明日香風編』(演奏会形式)は歌と合唱、管弦楽で万葉集に収められた雅な情景、人間の心模様が描き出しました。作曲者千住明氏が「短編映画を見るように楽しめる作品」と言われることにも深く納得しました。文法としての古文ではなく、揺れ動く気持ちを歌に託す額田王、鏡王女など、飛鳥時代に生きた生身の人間に思いをはせる機会となりました。

秀逸なソリストの歌、それに呼応して現代語で和歌の内容を歌う合唱の組み合わせはとてもがわかりやすく、余分なエネルギーを使うことなく演唱そのものを楽しむことができました。管弦楽は中でもハープに惹かれました。ハープが全編にわたって万葉の風を思わせるメロディーを奏でました。壬申の乱の結末を受けて額田王と鏡王女がやり取りする場面では両者の心臓の鼓動を思わせる爪弾きに胸を締め付けられました。オーケストラが管弦楽器のみで見た目にもこじんまりとしており、絵巻物語そのものでした。

 

隣の席はハープ奏者だった

一部はチャイコフスキー作曲「弦楽セレナード ハ長調 作品48」でした。
隣の席の女性が他の観客とは全く違う空気をまとっている、その空気は美しい緊張感を内包していました。そのおかげで開演前からいつにも増してうきうき気分になりました。演奏中はその女性から美しい音楽愛が漂ってきました。愛の歌、セレナードを聴くのにふさわしい心地よい空気に包まれ、二部の万葉集への期待がますます高まりました。

ところが、その女性が一部が終了し、休憩時間になったとたん、荷物全てをもって席を立ってしまわれました。なぜ???と残念な気持ちてんこ盛りになってしまいました。驚いたことに、その女性がなんと休憩時間の舞台に現れました。そして、ハープの後ろに座り、音を確認し始めました。隣の席に座っていらっしゃった女性はオペラ万葉集に出演する東京交響楽団のハープ奏者だったのです。袖すり合う隣に音楽家が座っていたのです。感動してしまいました。
「万葉集」でハープのメロディーに特に耳が傾いたのはこんなことも影響したのかもしれません。生の演奏を聴く楽しみにこんな素敵なおまけがつくとは思いもしない幸運でした。

都響プロムナードコンサートド ヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調

都響プロムナードコンサートド  ヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調

指揮者準・メルクル氏が指揮台に上がったとたん、サントリーホールを繰り返し波打つかのようなメロディが満たしました。メンデルスゾーンの序曲《フィンガルの洞窟》です。指揮者登壇と演奏の始まりが同時で、その不意打ちに一瞬戸惑い、次の瞬間、音の波に包まれる感覚となり、音楽に酔うとはこのことかと、演奏そのものよりしばらくはこの状態にいることに気持ちが傾いていました。これは初体験。メルクル氏はプログラム通してすべてそうでした。

フィンガルの洞窟は連なる柱状節理の壁、アーチ状になった天井が天然の大聖堂と称せられるそうで、それは写真を見てもわかります。とはいうものの、実際にそこに立った者にしか味わえない感動には手が届かず、もどかしい思いはぬぐえません。しかし、この序曲《フィンガルの洞窟》はそのもどかしさを取り除いてくれました。風景、潮風、波のうねりを体感できました。ホルンの音色が心に残りました。

 

なじみの深いドヴォルザーク:チェロ協奏曲ですが、2009年ロストロポーヴィッチ国際チェロコンクールで「最も将来性がある若手奏者」賞を15歳で授与されたチェリスト、エドガー・モローの演奏を楽しみにしていました。ちなみにこの年の優勝者は日本人では初めての宮田大さんでした。6月11日東京文化会館でその宮田大さんの演奏を聴きます。これも楽しみです。

エドガー・モローの演奏は「栴檀は双葉より芳し」ということわざを思い起こさせました。そしてこのチェロ協奏曲で今まで意識したことがなかったフルートとチェロの掛け合いに惹かれました。
万雷の鳴りやまぬ拍手にバッハ無伴奏チェロ組曲第3番「サラバンド」が演奏されました。重音に耳を奪われました。

 

 

シューマン:交響曲第3番《ライン》でもホルンの響きが印象に残りました。

今回、20列の真正面の席を確保しました。申し込むのが遅くなり、いいかなと思う席がそこしかなかったからです。チェロ協奏曲を聴く場合、20列は後過ぎました。オーケストラバックのチェロを聴くことを目的にするならば3、4列辺りでもよかったかもしれないと思いました。宮田大さんの東京文化会館は11列を確保しました。どうかな。

野鴨の家新春ライブ

日時:2018年1月14日(日)ランチタイム12:00~13:30 ライブ13:40~15:40

場所:野鴨の家

出演:華岡将生(フルート) 八木美恵子(キーボード)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャズ通はもちろん、ジャズ初体験の方にも楽しんでいただこうという欲張り企画、題して「華岡将生&八木美恵子ソフト・ライブ・コンサート」を京王八王子駅から徒歩1分でドアの前に立つことができる野鴨の家と夢空間La Musicaが初コラボで開きました。新春ということで着物姿でお越しいただきました方が何人もいらっしゃいました。落ち着いた雰囲気がジャズ演奏に溶け込みました。

幕開はジャズになじみのなかった方も自然と体でリズムを取りたくなってしまう曲が2曲並びました。題名は知らなくても、誰でもどこかで聴いている「A列車で行こう」「イパネマの娘」です。

ジャズの世界にどっぷりつかる路線を突き進むかと思ったところ、スウィング調の『赤い靴』、赤い靴を履いた少女が登場し、アメリカではなくヨーロッパをジャズにのって彷徨する展開に。ジムノペディ№1(フランス)~悲愴(ドイツ)~韃靼人の踊り(ロシア)への彷徨しました。聴く人それぞれに思い入れがある曲が出てきたようで、休憩時間にその感想を華岡将生さん(フルート)、八木美恵子さん(キーボード)に話しかける姿が見られました。

後半、日本に戻ってきた少女は南部牛追い唄(岩手県)~竹田の子守歌(京都府)~どうにも止まらない(東京?)~りんご追分(青森県)と彷徨をつづけました。

 

フルートの多彩な奏法、それを支え、曲のイメージに味付けをするキーボード、フルートとキーボードの掛け合いの妙、、、デュオの魅力が溢れていました。フルートが特殊奏法(ブレス・トーン)を駆使して演奏した民謡のメロディに心動かされたという声も聞かれました。

プログラム最後は心身を静かに癒すSmileでした。デュオのおしゃれで豊かな人間性がそのまま流れてくる演奏に包まれました。

華岡将生さん、八木美恵子さんが粋かつユーモアあふれる編曲でここだけのメロディーを作りました。ジャズならではの醍醐味でした。

【野鴨の家】

丸みを帯びた白壁、アンティークインテリア・グッズ、温かみのある照明器具も演奏に耳を傾けているのではないかと感じました。ここで過ごすひと時が特別の時間と嬉しく思える空間が広がっていました。

 

 

 

【野鴨の家のランチ】

たくさんのお客様に牛尾さん、シェフのお二人がこの日のためのメニューを用意してくださいました。

サービスをお一人でこなされた牛尾さん、調理をお一人でこなされたシェフには美味しいという感謝の声をたくさんお届けすることができました。

野菜、オリーブオイルの通やかな香りが漂うチキンのトマトソース煮込みでした。

 

 

アイリッシュハープ クリスマスコンサート

年月日:2017年12月23日(土)

場 所:ヴィ・マエストロ

出 演:梶伸子

アイリッシュハープ奏者梶伸子さんは学生時代、英語の先生にクリスマスの大切な三つの言葉として教えられたのは「Loving(愛する)」「living(生きる)」「Sharerinng(分かち合う)」だそうです。天から舞い降りてくるかのように感じるアイリッシュハープの音色に耳を澄ますうちに、この三つの言葉を知らないうちにこの三つの言葉を纏って、優しい空気を醸す集団が生まれていたように思います。

 

 

 

 

 

 

 

当日のプログラム

【ちいさなハープのクリスマス】

ブライアン・ボルー・マーチ
諸人こぞりて
クリスマスソングメドレー
The first Noel
クリスマスおめでとう ロマンティックversion
アメイジンググレース
The Rose

【歌と共に】

ロバのクリスマス
ジングルベル
きよしこの夜
世の人忘るな
諸人こぞりて
赤鼻のトナカイ
シチリアーナ
ジュピター

【アンコール】

主よ人の望みの喜びよ

 

曲の合間に挟まれる梶伸子さんのお話は音楽のお話、現代社会に潜む不確かさ、最近のトピックスなど多岐にわたる内容でした。その中でも中心になったのがクリスマスになぞらえて、雪、星、明かりの『キラキラ』(暮らしの中の輝き)がキーワードとして取り上げられました。また、情報ネット網が発達した今だからこそ自分の感覚を研ぎ澄ます、信頼する『静かな時間を持つ』提案もありました。それはアイリッシュハープの音色同様、優しく一人一人の気持ちにしみ込んだのではないかと思いました。

コンサート終了後、アイリッシュハープを弾く体験も行われました。希望された方は初めはこわごわですが、ご自身の爪弾きで生まれる響きに魅せられるのか、いつまでも放したくないという思いに駆られているのではないかと思わせる様子が見て取れました。ハープに抱え込まれている感覚になったのかもしれません。

 

お食事タイム

耳と気持ちは演奏に集中しているはずなのに、鼻がソムリエ原岡さんが準備している食事の良い香りに向いてしまう、そんな葛藤の後にお食事タイムが始まりました。「美味しいからワインを追加注文!」など明るい声も飛び交い、隣り合わせた方との会話も弾むいつもながらの和やかな時間が流れました。

メニュー *匂いに負けて、食べることにしか気持ちが向かず、今回は写真を撮り忘れてしまいました

ピクルス

エビと赤かぶのマリネ

スモークサーモンのモツァレラ巻き玉ねぎピクルス添え

鶏肉塩麴焼き

ポークときのこのソティ

サンドウィッチ(卵&ハムレタス)

 

 

テノールの競演~オペラとカンツォーネの夕べ~

年月日:2017年11月26日(日)

場 所:アルテリーベ東京

出 演:古橋郷平(テノール)高柳圭(テノール)比留間千里(ピアノ)ゲスト:盛田麻央(ソプラノ)

プログラム

第1部

私の太陽                    ディ・カプア

オペラ「ルイザ・ミラー」より 穏やかな夜    ヴェルディ

オペラ「アルルの女」より フェデリーコの嘆き  チレア

オペラ「トスカ」より 星は光りぬ        プッチーニ

オペラ「カルメン」より 手紙の2重唱      ビゼー

オペラ「椿姫」より なんという顔色・・・    ヴェルディ

第2部

朝の歌        レオンカヴァッロ

彼女に告げて     カルヴォ

マレッキアーレ    トスティ

ロマンツァ      マラヴァージ

カルーソー      ルーチョ・ダッラ

マリウ 愛の言葉を  ビクシオ

カタリー       カルディッロ

 

ドイツ料理と毎晩3回のミュージックステージを楽しめる「アルテリーベ東京」(新橋)での企画コンサート、『テノールの競演~オペラとカンツォーネの夕べ~』。

曲目紹介は大阪府出身の古橋郷平さん。紹介されるイタリアオペラのアリアやカンツォーネに登場する人物の心情が大阪弁で語られました。方言を使っての解説初体験でした。登場人物の人間味が伝わり、その心情に深く寄り添うことができました。
オペラ、歌曲、カンツォーネなど、そこで歌われる内容を前もって知っている場合が多いですが、《書き言葉》で理解していることに気づきました。オペラや歌曲などで描かれる人物にはそれぞれの暮らし背景があって、《話し言葉》は様々なはずと古橋さんの大阪弁で思いました。

カンツォーネで歌われる内容は3つに分類されるという見解もなるほどと納得しました。
① 男性が女性に思いを打ち明ける歌
② 男性が振られてやるせない気持ちを引きずる歌
③ 土地の美しさを称える歌

比留間千里さんのピアノ伴奏がエネルギーに満ちたテノール古橋郷平さん、高柳圭さんを盛り立て、スペシャルゲスト盛田麻央さん(ソプラノ)が舞台に女性ならではのしなやかさを添えました。上質かつ愉快なコンサートでした。

マエストロDE落語『桂右團治落語会』第七回

マエストロDE落語『桂右團治落語会』第七回

落語の前振り「マクラ」は今から始まる本題を想像する楽しみと、噺家さんの観察眼の鋭さに感心したり、知らなかった情報を得たりする楽しみがあります。

今回は一席目では落語界の年末年始の習わしを、二席めでは今ではあまり聞かなくなった物売りの声が「マクラ」で登場しました。

『尻餅』

落語界では年末に着物を新調し、真打、二つ目の噺家の皆さんは前座、見習いの方々へのお年玉も準備されることがマクラ噺でわかりました。落語界は今、入門者が多いことも知りました。これはお年玉の準備もなかなかに大変なことだと思いました。今も昔も年末は何かと物入りな季節であることに違いはないようです。

宵越しの銭は持たないのが江戸っ子の気質だったようですが、宵越しになりそうな金というものを手にしたことはないと思われる八五郎夫婦が大みそか、集金にやってきた薪屋の亭主をやり込めて退散させ、近所の手前みっともないからと夜中にかみさんの尻を叩いでいかにも餅つきをしている風を装う風景が笑いを誘います。

師匠が語る薪屋の亭主と八五郎のやり取りのテンポの良さに薪屋でなくても押されてしまいます。丸めた手をもう一方の掌に打ちつけて表現する餅搗きの音は蒸したもち米に杵が叩き落される音にそっくりでした。八五郎の女房は尻が痛かっただろうと思いますが、師匠も二臼も搗いたので掌が痛くはならなかったかと、笑いながら心配しました。

食事タイムに今の餅つきが話題になりました。大勢の人が集まって餅つきをする時、臼と杵で餅を搗くが、その餅は廃棄して、餅つき機で搗いた餅を振る舞うという話が出ました。衛生上の観点からということでしたが、聞いた者全員が驚きました。

『井戸の茶碗』

のあちこちにあるコンビニはまさしくその名の通り便利な店舗です。昔はもっと便利で物売りが家の近くまで来てくれたということで、マクラ噺は物売りの声でした。朝一番に働く納豆売りは寝ている住民を気遣って、いかにも納豆らしい粘りの調子を静かに触れ回ったこと、同じサツマイモで硬い生のサツマイモとフカフカの焼き芋では違っていたことを知りました。物売りする人を「こわきうど」と呼んだそうです。「小商人」のことだそうです。師匠が演じる物売りの様子は、スピーカーから流れる電気信号のような「声」にはない親しみと庶民の暮らしの文化を感じました。

この噺に登場する屑屋清兵衛、貧乏浪人千代田朴斎、細川家家来高木作左衛門、これら全員が心底からの善人なので、聴く者は清々しい気持ちになります。美しい存在に魅了されました。

 

 

『食事タイム』

落語二席を楽しんだ後はヴィ・マエストロのソムリエ原岡さんの創作プレートをそれぞれ好みのドリンクを友に楽しみました。この落語会では一人で参加した方も、仲間で参加した方も一緒になって話が弾みます。食事時の桂右團治師匠との交流、普段出会わない方との交流もこの会の目玉の一つです。

 

 

 

料理メニュー

鰆のリュウキュウ*大分の郷土料理魚のしょうゆ漬け

鶏肉ときのこの蒸し物

肉巻きインゲン

焼き野菜

おにぎり

 

 

代官山猿楽祭2017『Gent@rrabbiata』

2017年10月9日(月)ヒルサイドプラザ

佐藤望(バリトン)

野村洋光(バリトン)

高柳圭(テノール)

後藤春馬(バス)

中山博之(ピアノ)

 

 

代官山駅から旧山手通りに出て、猿楽祭の出店を覗き、ボルゾイ4頭と出会い(昨年も会った。高貴な姿、フレンドリーな性格に魅了されます)、ヒルサイドプラザで祭りの一環として開かれた『Gent@rrabbiata』、男性ソリスト4人が中山博之氏(ピアノ・作曲)とともに繰り広げるパワフルな男たちの舞台に行きました。猿楽祭でのこのコンサートは今年で4回目となります。

なじみが少ないオペラアリア、ラフマニノフ作曲《アレコ》より「すべては寝静まり、月は美しく輝く」や複雑怪奇な状況で歌われるアリア、ベッリーニ作曲《清教徒》より二重唱「リッカールド!リッカールド!」については舞台背景やアリアの内容を相模原の神童と自己紹介された中山博之氏の機知に富んだ軽妙な解説は聴く楽しみを生み出しました。また、大まかには知っているオペラ全体の話やアリアについては解説で記憶のあやふやさをきれいに消して楽しめました。

男の滑稽さ、切なさ、悲しみ、まじめさを余すところなく表現するアリア、歌曲が並び、男の歌祭りそのものでした。中山博之氏のピアノ独奏「ウィリアムテル序曲」は持てるエネルギーすべてを使いきるこれぞ『男』の演奏!と感嘆しました。

後半の中山博之編曲メドレーは会場全体を笑いの渦に巻き込み、カンツォーネの数々では威勢のよい掛け声が会場全体から湧き上がり、会場内も祭り気分で満たされました。

エネルギーはここではまだ途切れず、アンコール《メリーウィドウ》より「ああ、女というものは」は拍手の後押しもあり、4回(だったと思う。5回ではないと思う)繰り返され、ようやく幕がおりました。

舞台小道具出し入れも全て出演者が行い、その愉快な仕草も演出の一部かと思わせる仕立ては音楽家と観客の距離を縮めました。クラシックはどうも苦手と思う方々にも是非一度足を運んでいただきたい企画の一つでした。

 

都響ハイドンオラトリオ《天地創造》

都響ハイドンオラトリオ《天地創造》

9月11日サントリーホール

指揮/大野和士

ソプラノ/林正子

テノール/吉田浩之

バリトン/デートリッヒ・ヘンシェル

合唱/スウェーデン放送合唱団

 

『敬虔な宗教的感動も、五感を刺激するような目くるめくスペクタクルも、さらにはオーケストラの魅力も声楽の素晴らしさも同時に体験できるハイブリッド・ジャンル』(出典:月刊都響2017年9・10月月号)この文章が9月11日のコンサートの様子を余すところなく伝えています。

カトリックでもプロテスタントでもなく、家の宗派は仏教に属するとはいうものの、日常生活では宗教とは縁遠く、「科学的根拠は何?」と考えがちな暮らしをしていますが、演者の描き出す色のある音楽世界に入り込み、世界はこのようにして作られたと信じたい気分になりました。

一人一人の声を溶け込ませた、ハーモニーは神様のそれかと感じたスウェーデン放送合唱団、独唱者の豊かな表現力(個人的には特にバリトンのデートリッヒ・ヘンシェル氏)、都響のすべやかな演奏に支えられた演奏でした。

豪華な舞台装置や衣装はないけれど、ミケランジェロ作、システィーナ礼拝堂の天井画《天地創造》 -実際には見たことはないけれど- がサントリーホールの天井に描き出されていく様が浮かぶようでした。

終演後、ホール内には静かな低い称賛の声と拍手で埋め尽くされ、ホール内全体に照明がともされた後も席を立つことなく、拍手を続けれらる観客が多かったのも特筆されることと思います。

ホールを背にし、歩き始めた時、「よかったですね」「あまりに感動して、知らない人いだけど声をかけたくなりました」と話しかけられました。これもコンサートの感動を一層深くしたできごとでした。

 

 

 

華岡将生(Fl)&須古典明(Gt)ジャズライブ

華岡将生(Fl)&須古典明(Gt)ジャズライブ

2017年8月26日(土)

場所:ヴィ・マエストロ

出演:華岡将生(フルート)須古典明(ギター)

 

 

 

 

 

 

 

フルートとギターは阿吽の呼吸、思わず飛び交う掛け声が生み出す一体感 ―掛けずにはいられない魂がクリアと感じる音!-、体が自然と反応してしまう心地よさ、、、今、この時、大人でいることができてよかった、わくわくするそんな気持ちが湧き上がってくる時間が流れました。客様と演奏者どちらもが時を忘れて音楽の世界で遊んだ時間でした。

音楽に興味を持たれたきっかけを華岡さんと須古さんに聞きました。華岡さんは小学6年生の時、父上が購入してこられたクラシックレコードに感銘を受けて、ショパンやシュトラウス、チャイコフスキーのレコードを毎日聴くようになったことが始まり、中学時代野球少年だった須古さん、高校生の時、父上が購入してこられたレコード(ジャクソンファイブのABC)を聴いた時、背中に音楽が走ったのがきっかけとなり、ラジオで音楽を聴くようになったとのことでした。

華岡さんに追及している音楽とはどんな音楽か聞きました。答えは「自分が理想とする音を完成させ、その向こうにある音」でした。お二人の演奏には大人の理性と少年の純粋さがまじりあっていると感じました。華岡さんのおっしゃる「その向こうの音」を聴く時までジャズライブ企画を続けたいと切に思った時間でした。

ジャズライブということもあり、アルコールの進みも快調な食事タイムとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京オペラシリーズ「滝の白糸」ハイライト

東京オペラシリーズ「滝の白糸」ハイライト
東京オペラシティリーズ第99回(東響コーラス設立30周年記念公演)

プログラム

弦楽のための三楽章「トリプティーク」 作曲:芥川也寸志

管弦楽幻想曲「飛天繚乱」 作曲:團伊玖磨

饗宴 作曲:黛敏郎

オペラ「滝の白糸」から第3幕 作曲:千住明 原作:泉鏡花「義血侠血」台本:黛まどか

滝の白糸:中嶋彰子(ソプラノ)

欣也の母:鳥木弥生(メゾ・ソプラノ)

村越欣也:高柳圭(テノール)

オペラ「滝の白糸」はオペラではあるけれど、演劇の要素も濃く、“オペラ”になじみのない方でも十分に楽しむことができる舞台です。今回取り上げられた第3幕最後に語られる、滝の白糸の心情、村越欣也の母の思いやりは近年、接することのない美しい日本語で語られます。そして村越欣也は検事代理という職務で発する言葉の内側に観客は限りない哀切と澄んだ愛を感じ取ることができます。客席で涙する姿が見られたのも自然なことと感じました。

竹の秋」「奈辺(なへん)」「あまつさえ」「さなきだに」など今の暮らしの中では聞くことのない言葉がオペラ全体を通して紡がれています。これらの言葉が登場人物をより深く描き出します。言葉の美しいアリアが登場人物と同化した中嶋彰子さん、鳥木弥生さん、高柳圭さんの体を通り、歌として伝わってくる感覚を表す言葉が今は見つかりません。

オペラ「滝の白糸」は2014年泉鏡花生誕の地、金沢で初演された後、東京新国立劇場、2015年に再び金沢で公演されています。これからも公演の機会をたくさん作ってほしいオペラの一つです。

前半は團伊玖磨氏、芥川也寸志氏、黛敏郎氏、「3人の会」の作品が並びました。『「自分の考える理想の音楽』を目指して、誰かに頼まれて曲を書くのではなく、書きたい曲、聴きたい音を世に問う…』とプログラムの解説に結成時の言葉が書かれてありました。

聴いて、なるほど、その意図通りにそれぞれの道を全うされたのだなと納得しました。楽器の使い方もあっと意表を突く場面もあり、「自分の考える理想の音楽」の表れの一つと思いました。交響曲については日本の作品に接する機会がなく、生で聴くのは今回が初めてでした。そのためか、楽しむという領域に達することはできませんでしたが、今まで手にしたことがない正絹の風呂敷、様々な柄構成の風呂敷の結び目に手を伸ばしたような印象がありました。この初体験を何かにつなげたいと漠然と考える今日この頃でもあります。

 

 

 

 

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